美氣流行~びきりゅうこう

人を救い守るための整体を作り、伝えています

http://www.wagoichi.site/

私が整体学校を中退した訳

私の整体修行は世にも珍しい二本立てでした。
つまり一般的な整体学校での講習と、個人治療家先生の元での修業を同時に進めたのです。

私は無資格の整体師です。鍼灸師のような国家資格もありませんが、整体学校が認定している民間資格さえありません。なぜなら整体学校を中退したからです。
整体学校を中退するまで、私の修行は学校と治療院の行ったり来たりでした。さらに夜は出張整体のアルバイトをしていたので、昼も夜もずっと整体漬けの毎日でした。少しでも早く、少しでも上手くなりたかったので、つらいと思ったことは一度もありませんでした。
しかし何か月か2本立ての修行をしていると、だんだんとその違いがあまりに大きいことに気がついてきました。

例えば、整体学校ではカイロプラクティック、バランス整体、PNF、リフレクソロジー、東洋医学などのテクニック講習に、座学の解剖学講義など様々な技術とノウハウを幅広く学びました。
一方の治療院での修行は、「丹力」という治療法の手技を延々と繰り返す練習でした。一つの型を、同じ動きをそれができるようになるまで、ひたすら2時間、3時間と続けるのです。やがて筋肉は熱を持ち腫れ、骨はきしんできますが、それでもできるまで続けさせられました。先生も下手な施術を受け続けて大変だっただろうと思いますが、粘り強く付き合ってくださいました。そんな姿を見て、いつまでもできない自分が情けなく、でもやっぱりできず、いろいろな意味でつらい時間、修行と言えばそういうことばかり思い出します。

先生もまた対照的でした。
治療院の先生はもちろん現役バリバリ、整体歴40年ほどの大先生でしたが、整体学校の先生たちは、数は多けれどもほとんどの人が現場経験がないか、あっても1年程度。はっきり言えば現場にでれば新人レベルの人たちです。そんな人たちが「先生」として整体を語り、技術を指導するのです。これには当時でさえも強い疑問を感じ、ほどなく整体学校を中退しました。

整体修行は決して華やかなものではありません。「手に職でカッコいい」なんて憧れとは程遠いところで、地味に地道に反復練習で「手」を作り「感度」を高めようと努力を重ねるものです。しかしそういう修行をした人間が最後は勝ちます。そういうことを教えるのが、学校というもののはずなのです、本当は。

なかなか今の時代に古風な指導は受け入れられないでしょうが、これまでの得難い経験を活かし、私の学校では「ほんものの教育」を模索していこうと思います。


f:id:haragaku:20220207224318j:plain

<Dandelion予防整体アカデミー>
Dandeloinとはタンポポのこと。しっかり種を育て綿毛を付けて野に放つ、タンポポのような学校でありたいなという想いを名前にしました。

三宅弘晃