美氣流行~びきりゅうこう

人を救い守るための整体を作り、伝えています

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開業から20年の今思うこと

昨日わごいちは開業20周年を迎えました。
昨年末から本当にバタバタで、感慨にふける間もなく20周年という日を通過してしまった感がありますので、またイベントなりは後日企画するにしても、せめてこの場で少しこの20年を振り返っておくことにします。

私が脱サラをして整体師の修行を始めたのは、2001年4月のことです。とある整体学校に通いながら、柔道整復師の櫻井寛先生から丹力(たんりき)という整体法を習いました。
整体学校は3か月で中退し修行は丹力に一本化、その間に出張整体で腕を磨きつつ開業の準備を進めていました。いきなり独立開業する先生は少ないと思いますが、私の場合は丹力をしたかったので、どこかの整体院で雇われて修行してから開業という選択肢がなかったのです。
その年の12月上旬、櫻井寛先生から「僕は東京に行くことになったので後を頼む」と言うお話を受け、予想以上に速い開業を果たすことになりました。修行開始から8か月目のことでした。
その後準備諸々を急ピッチで行い、櫻井先生の「丹力治療研究所」を「心斎橋たんりき」へと屋号を改め2002年1月19日に開業を果たしました。
その後紆余曲折がありながらも院は順調に成長し、2度の移転を経て今の難波神社斜め向かいのタケコウビル6階で事業を継続しています。またその間に屋号を「わごいち」と変え、弟子として池田参尽、井上紙鳶を迎え、それぞれ16年目と11年目になります。
思い返せばいろいろなことがあり、数えきれないほどの出会いもあれば、一生忘れられないような別れもありました。何事にも「迷ったらGo!」をモットーとして挑戦してきましたので、人一倍の挫折も経験しましたが、普通ならば出会えないような経験もたくさん得ました。
とにかく人の後を追うのではなく新しい価値観を提起したい、常に向上し続けたい。これは私という人間の根源的な特徴だと思いますが、サンドバックのように打たれながら前に歩み続けてきた20年間だったと思い出されます。
この20年間、特定の師匠も先生も持たなかった私の指針となったのは、宮大工の西岡常一さんでした。既に亡くなっている方でしたが、私は『木に学べ』という西岡さんの本に深く感銘を受け、職人として生きる道を西岡さんの背中に求めたのです。この20年間は、いわば西岡常一さんを追い求め、己を問い、一流の職人となる為の自己研鑽を重ねてきた、そんな年月だったと思います。
そして20周年を迎える直前に、私は西岡常一さん以来の衝撃の出会いをしました。それが郷田實さんという宮崎県綾町の元町長です。私自身50歳を迎える年の前に、綾町に、そして『結いの心』を通して郷田實さんに出会えた巡り合わせに不思議なものを感じています。
郷田實さんは、「夜逃げの町」綾町を「有機農業の聖地」へと蘇らせた稀代の政治家です。政治家と言っても私たちがテレビで見る政治家たちとは全く別種の、住民と向き合い、何が本当かを語り導いていく本物の政治家、私はそのように感じています。

私は政治家になるつもりはありません。どこまでも整体に、おなかに向き合って生きていくつもりです。しかしわごいちに通う人たちだけを救う人生とは違うという気持ちが、年々強くなっていました。わごいちに通う人を守るのは当然のこと、しかしわごいちの外に向かって自分が何かのより大きな役割を担っていくということついて、考え続けてきて、最後の方向性が見いだせないでいたのです。
郷田實さんは私に大きなヒントを与えてくれました。そして私を綾町へといざなってくれた「食の学校」という集まりの人たちが、私に勇気を与えてくれました。「業種は違えども同志がいるんだ」と。

20周年を迎えた今の私の心は、夜明け間もない青空のようにとても清々しく、そして充実しています。これまでの様々な挫折や失敗をきっと活かし、真に社会の役に立てる未来を手繰り寄せたいと思います。謙虚に、夢と大義を胸に抱いて前に進んでいきます。

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