おなかの学校

おなかから整える心、身体、そして生き方。

たられば

歴史に「たら」「れば」は禁物という。

あの時、織田信長が本能寺に泊っていなかったら・・・、あの時、日本海軍がミッドウエー海戦で勝っていれば・・・、過去を変えようもない以上、そんなことを考えるのは歴史マニアに任せておけばいい。

同じように私たちの生活でも、過ぎたことをクヨクヨ悔やんでもなにも生まれない。いつまでも「たられば」にとらわれていないで、前を向いて歩いて行かなくちゃならない。

しかしこの仕事、整体師をしていると「たられば」を考えてしまうことはある。いや常に「たられば」と共に仕事をしていると言っても過言ではない。

あの時、あの人にこういう施術をしていれば・・・、こういう注意をしていれば・・・、そういう後悔をすることはままあり、それは恐らくこの仕事をしている間、ずっと心の中に付きまとう。特にそれが命にかかわるような出来事ならなおさらに。

もう少し早く異常に気がつけなかっただろうか。それ以前にわごいちに通ってもらって未然に防ぐことはできなかったか。おなかに大きなしこりを感じた時に、院長にみてもらうように説得できなかったか。そもそも自分にもっと力があれば結果は違っただろうに。

大事な肉親を救いきれなかったことは確かに情けないもの。成長が及ばなかった不甲斐なさに苛まされるもの。それでも娘が一生懸命にハラを揉んでくれるのは、ご本人にはきっと幸せな時間でもあったろう。また整体師をやって来て良かったと言う実感もあったろう。

過去のたらればとどう向き合うか。今をどう生きるか。それによって整体師の未来は大きく変わる。そこは純粋に本人だけの問題。 そうやって人生は定まっていく。

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三宅弘晃