おなかの学校

おなかから整える心、身体、そして生き方。

タケコウビル店子会

昨夜は仕事上がりに、おなじビルに入っている他のテナントさんたちと屋上で「タケコウビル店子会」という懇親会をしました。

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わごいちが用意したのは燻製。
屋上の風に燻製の煙が巻き取られて夕空に吸い込まれていきます。燻製は食べるのも楽しいけれど、良い気候の中で待つ時間も楽しいものです。とても良い時間でした。

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中身はこのような感じ。いつものわごいちらしくない、肉肉しいラインナップ。実は私、お肉大好きなのです。
夕焼けが星空に変わるにつれて、三々五々と仕事を終えたテナント仲間たちが屋上に集まってきて、料理やお酒を持ち寄って楽しい懇親会がはじまりました。燻製も、他のテナントさんが作ってきてくれた煮物も、買ってきてくれた稲荷すしも、どれも広々とした屋上の開放的な空気と夜空が数倍美味しくしてくれました。
ただ3回目を迎える今回のテナント屋上懇親会ではちょっとしたトラブルが起こりました。気分を害して縁切り宣言をする人が現れ、あわや言い合いの喧嘩になるかもという一幕がありました。どうなるかと思ったんですが、驚いたのは、原因となったご夫婦が二人そろってスパッと頭を下げたのです。「何が気に障ったか話してほしい。」「気分を害したことは本当に申し訳ない。これから気を付けます。」「これからも毎日顔を合わせるんだから、どうか謝るので許してほしい。そしてこれからも仲良くして欲しい」と、随分年下の相手に精一杯の、そして即座のお詫びをされたのです。
私は少し感動さえ覚えました。決してプライドが低いわけではない人たちが、そしてそれほど決定的な過ちを犯したとも思えない失態にこれほど見事に謝ることができるのかと目を見張る思いでした。

この「タケコウビル店子会」は私ともう一人の店子さんの発案で3年前に立ち上げたのです。以来、年に1回だけこうやって集まって懇親会をしています。
なぜこういう会をしようと思ったかというと、タケコウビルはワンフロアワンテナントなので、普通に仕事をしているだけでは挨拶する程度の関係で終わってしまうからです。それでいいじゃない?という考えもあるでしょうし、むしろそういう適度な距離を保った関係が欲しくてこのビルに入っている店子がほとんどだとも思います。私もどちらかといえばそうです。
しかし関係があまりに希薄になってしまうと、何かのちょっとした行き違い、例えば共用スペースの使い方が悪いとか、上の部屋の足音がうるさいというような時に速やかな問題解決ができず、不満を口に出せずストレスをためてしまったり、小さな問題が大事になったりしてしまう恐れがあります。早い段階で「あれちょっと気になってるんだけど」と言えれば「ああ、気づきませんですいません」と応えることができる。そういう関係を持っておきたいという考えもあって、そしてもちろん楽しく酒を呑みたいという本来の目的もあって「タケコウビル店子懇親会」を始めたのです。
今回は一見すれば、そういう集まりを作ったから起こったトラブルという見方もできるでしょう。「ほーらそんな繋がりを作るから面倒が起こるんだ」という人も居るでしょう。でも私はやっぱりこれで良かったなと思いました。今回の出来事の教訓は二つあると思います。
一つは、誰しも加害者であり同時に被害者であるということです。つまりどちらが完全な被害者でどちらかが完全な加害者ということなどほとんどないということです。はじめは冷やかされて気分を害した方は被害者でした。冷やかした方が加害者でした。しかし冷やかされた方が文句を言いに来た時、冷やかした方が非常に素直にそして誠実に謝罪を続けた時、その関係が変わっていきました。頭を下げられているのに振り上げたこぶしを下げられない被害者が、ある意味加害者にもなっていったのです。そして時間が経つにつれて被害者と加害者の関係が逆転していったようにも見えました。
最近の世の中の動きを見ていると、例えば昨年のホリエモンと餃子屋さんのトラブルなどを見ていても、どちらが悪いか、どちらが被害者でどちらが加害者かという論調がとても強く感じましたし、最後まで両者が交わることはありませんでした。互いに相手を加害者だと主張し続け、世間もそこに加担したのです。私の眼には本当に幼稚な騒動に見えました。多くのトラブルにおいて完全な被害者、完全な加害者など居ないのです。
もう1つの教訓は、たとえ大人になっても、子供のように喧嘩をして、子供のように仲直りする機会を持てることはとても幸せだということです。実際に昨日も最後は両者が互いに謝り合い、これからもお付き合いを続けましょうと確認されていました。傍から見ていて本当に美しく、また羨ましいなとさえ思いました。大人になったら間違ってはいけない、大人は簡単に謝ってはいけない、先に謝っては不利になる、そんな価値観に縛られてはいないでしょうか。そういう偏狭な大人感を昨夜は吹っ飛ばすような小さくて意味あるトラブルを味わいました。

その場に居合わせてもらって、もちろんその騒動の一部であった私は「タケコウビルに入らせてもらって良かったな」と心中で感謝しました。時代の流れに取り残され得た昭和なお付き合いかもしれませんが、ご近所付き合いも希薄になり、仕事もテレワークで孤立化が進むこの社会において、こういう付き合いこそ大事にしないといけないなと思った出来事でした。
いい仲間です。タケコウビル店子会。

三宅弘晃