和紙の社

おなかから整える心、身体、そして生き方のお話

病気の効用

私たちを苦しめる病気には3つの効用があります。それは過去、現在、そして未来に対してです。

過去の効用は、病気は過去の自分の暮らしが作ったものですから、病気になることで過去の自分の生き方を反省することができます。人間調子が良い時に過去の反省を行うことはほとんどありませんが、病気はその機会を与えてくれるのです。

現在の効用は、いざ病気になり様々な症状が次々と噴出する中で、自分はどのようにそれらの症状に対処するかという対応力や決断力を鍛えることができます。例えどれだけの健康知識を持っていても、その症状にどう対処すべきかという適切な選択をするのは難しいものです。しかも状態は刻々と変化していきますから、その都度次の対応を行っていかなくてはなりません。対応力や決断力のない人は専門家の意見にすがり言いなりになるしかありません。それが良い結果になれば問題ありませんが、望まぬ結果となった時、誰を責めればいいのかと後悔や恨みを残すこともあります。

これだけ社会が便利になってくると、命にかかわるような決断を迫られる機会はほとんどありません。それ自体は文明の恩恵として感謝すべきなのでしょうが、その反面自分の中から適切な判断を引き出して対応し、決断する力は退化していくことでしょう。今ある病気にどう対処するかという真剣な取り組みは、私たちの生きていくために必要な本能を刺激し、強化してくれる貴重な機会です。

未来への効用とは、人生観の変化です。病気はその重さに比例して私たちの人生観に影響を及ぼします。例えば最も重い病気の一つである癌は、普段無意識に避けている「生死」について否が応でも向き合うことを強いてきます。なんとなく続いている同じような日々が、近い将来に突然終わるかもしれない。その現実に向き合わされた時に自分の中に何の変化も起こらないはずがありません。さまざまな感情が入り乱れ、自分の心をかき乱します。同じ一日のはずなのに、これまでとは全く違うこれからが始まってしまいます。全く未知の、そして先の見えないこれからです。

そんな中でどう生きていくかという、それまでとは全く違う人生観が芽生えてくることでしょう。それがどういうものか。人間的成長を得るのか、現実逃避が進むのか、恨みつらみに支配されるのか、その道は人それぞれで他人は干渉することができません。家族であってもです。

この人生観の変化を効用と言うべきかどうかは難しいところですが、少なくとも自分の生死に向き合うということに意味がないはずがありません。また今は好ましくない変化であったとしても、あるいは見た目に無変化であったとしても、それは次の変化の準備であることは間違いないでしょう。考えること、悩むことの中に生きる意味があると考えるならば、病気というものは過去においても現在においても未来においても生きる意味に向き合わせてくれる大切な働きということができるはずです。

 

三宅弘晃